
小学校の頃から、サッカー・野球・相撲の東京都代表選手として活躍、将来は相撲の力士にと志しましたが、脊椎間狭窄の症状が悪化、歩行も困難になり一年程、自動車による通学を余儀なくされました。医者からは過激な運動は禁止され、夢を断たれ絶望感を味わいました。
しかし、独学で痛みと戦いながらトレーニングを組み立て実行し続け、スポーツ出来る体を取り戻し、再び代表選手として活躍致しました。
19歳の時、アメリカでアメリカンフットボールをする為、そして、小学校の教師になる為に、米国サンディエゴ州立大学の教育学部に入学致しました。在学中に、親友の事故(頚椎損傷)からカリフォルニア州(カールズバット)のプロジェクトウォーク(P.W.)に出会いました。ここで日本の常識ではあきらめざるを得ないような重症受傷者が、明るく楽しくトレーニングに励み、全く希望を失っていない姿を目の当たりにし、衝撃を受けました。これこそ私がするべき天職と思い、教育学部卒業後すぐに運動学科を専攻し卒業、迷わずP.W.に入社を希望し、外国人で初めて入社を許されました。
また私は将来、日本で起業することを視野に入れ、あらゆる資格を取得するとともに、多くの受傷患者に触れ、神経組織の回復・再生のノウハウを身につけ、P.W.から日本での開業を許され、起業することに致しました。そこでジェイ・ワークアウト(株)では、P.W.のノウハウに日本人向けに改良を加え、肩・腰・膝痛の人々のためのエクササイズトレーニング及び脊髄損傷者のトレーニングメニューを開発致しました。
今後もP.W.の提携会社として、トレーナー及び技術のサポートも得られ、世界一のエクササイズトレーニングを提供することをお約束致します。
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大学までサッカー選手として活躍するも怪我の為現役を引退、大学卒業後に渡加。
帰国後は介護福祉の仕事に付き、様々なボランティア活動にも積極的に参加。
そんなおり脊髄損傷患者との出会いをきっかけに、PWの存在を知り、2006年クライアントと共に渡米。
1年間脊髄損傷患者らと一つ屋根の下で生活しながら、PWのトップトレーナー(渡辺 淳)のアシスタントを務め、トレーニング技術の習得に励みました。
一旦帰国致しましたが再度単身渡米し更なる技術の習得に励んで参りました。
また、米国医学会から注目を集める治療法、エゴスキュー・メゾットの有資格トレーナーとしてJ-Workoutに貢献したいと思っています。
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1.今迄のスポーツや学部などの経験は?
小学校でバスケットボール、中学校で野球、高校では1年生の夏休みまで野球をし、2年の夏にアメリカ留学が決定したため、勉強に励みました。高校2年生の夏から約1年間アメリカユタ州の公立高校へ通い、3年の夏に帰国し、日本の高校を卒業し、その年の夏に再び渡米しました。カリフォルニア州立グロスモント大学を一般教養で卒業しました。
2. J-Workout を知ったきっかけは?
大学時代の知人で一時はルームメイトとして付き合いのあった渡辺先生より話を聞いた事。
3. J-Workoutに就職した理由
一つは元々友人である渡辺先生に会いに、ポポロ本厚木にあったJ-Workoutを訪れ、その時に少し手伝いをさせてもらい、患者さんの前向きな姿勢と明るさに感動し、素晴らしい仕事だと思い、就職を希望しました。二つ目は、J-Wokroutを創ったのが【信頼できる渡辺淳】であることです。
4. 今後の展望・意気込みなど
患者さんの成長はもちろん、自分も共に成長し、初めてポポロ本厚木を訪れた日の事を忘れず前向きに取り組んでいこうと思います。

1.今迄のスポーツや学部などの経験は?
・中学、高校バレーボール部
・モータースポーツ 50ccレース エンデューロ
・スカイダイビング World Meet (世界選手権)
1999年 第5位
2001年 第3位
2005年 第3位
・ロッククライミング
2. J-Workout を知ったきっかけは?
スカイダイビングのチームメイトが事故により脊損になり歩く為のリハビリを探していた所、Project Walk に巡り合いました。 Project Walk にリハビリの様子を見学に行ったときにJ-Workoutの事を知りました。
3. J-Workoutに就職した理由
以前から理学療法士になりたいという夢もあり、J-Workoutを知ったと同時に決心しました。
また、脊損について知れば知る程、重度なケガであるにも関わらず、世に認知されておらず、社会や周囲の人の助けが必要だと改めて認識しました。非力ながら自分の働きが少しでも役に立てば良いと思っています。
4. 今後の展望・意気込みなど
スポ魂ドラマ世代なので、熱血・涙 路線でがんばります。
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1.今迄のスポーツや学部などの経験は?
野球、陸上競技、硬式テニス、器械体操、バレーボールを主にやってきました。特に野球では、関東ベスト8まで行きました。大学では体育学部に所属し、ゼミでは障害者スポーツ、高齢者スポーツを主に勉強してきました。
2. J-Workout を知ったきっかけは?
東海大学のゼミの講義で話題になったことから知りました。
3. J-Workoutに就職した理由
【1】自分の姉が看護士で、その姿を見てたからという理由と、そのような仕事に就くのが夢だったので、迷わず就職しました。
【2】中耳真珠腫という病気に幼い頃かかり、それにより体育教員の夢から障害者スポーツに関係する職に夢を変え現在に至ります。
4. 今後の展望・意気込みなど
まだまだ未熟者ですが、一生懸命、力にならせて頂きますので宜しくお願い致します。
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私は、幼い頃から剣道・相撲・バレーボール・スキー・スノーボードなど様々なスポーツに親しんできました。
しかし2002年に頚椎を損傷し車椅子の生活を余儀なくされてしまいました。1年のリハビリの後に社会復帰し障害者スキーを始めましたが、日本には障害者にとって、スポーツ選手として十分なトレーニングを行える場所はおろか日常生活維持に必要なトレーニングを十分に行える場所も少ないと気付かされました。
そこで納得のできるトレーニング施設ProjectWalkを求めて渡米しました。私はProjectWalkでの1年間のトレーニングで自分の体に大きな変化と可能性を確信し、このような施設を日本に作りトレーニングを続けたいと思い、開設にあたって僅かながらお手伝いさせていただきました。
健常者だけでなく障害をお持ちの皆様にもエクササイズを提供できる企業、ジェイ・ワークアウトの一員として皆様のお役に立てると同時に、自身が頚椎損傷であるという立場から、同じように障害をもった方々に生活面やメンタル面で力になれればと考えています。